秘めたる想い。
氷高 颯矢
小さい頃から、私の欲しいものは全て、姉のものだった。
それは、私の無いものねだり。叶わないものを望んだ私が悪い。
だけど…時々考えてしまうのです。
――もしも、私が姉のように生きる事が出来たなら…。
急ぐ足音、これは姉の足音だ。今日はどんな話をしてくれるのだろうか?
「リディア!今日の収穫はね…!」
幾分、日焼けした健康的な肌。太陽の光のような髪が揺れる。
「いい知らせ?」
姉は首を傾げると、少し考えて、笑った。
「私達の護衛をしてくれる騎士の人が替わるんだって!今度は私達と年が近いらしいよ」
「じいやは優れた騎士だけど、流石に年には勝てなかったのね…」
前までは、じいや…ダリウスが御守りの延長のような形で部下の人達としてくれていたのだけれど…
姉の奔放すぎる行動に振りまわされて、この間ついに腰を痛めてしまったそうで…(つまり、ぎっくり腰)。
「そうなの。私も、そろそろじいやには引退して、
静かに老後の人生を送って欲しいなって思っていたところだったし…」
そう、姉が言いかけた時…。
「姫様!このダリウス、護衛騎士の役目は退いても…姫様の教育係、
ひいてはお目付け役としては、まだまだ退きませんぞ!」
扉が開かれ、そこにはダリウスが居た。
「じ…じいや…!」
「ライラ様、今は帝王学のお時間では?」
「…そ、そうです…」
姉は怯えた子猫のように固まっている。
「では、部屋にお戻り下さい」
「…はい。リディア、また後で来るわね!」
姉は眩しいような笑顔を残し、駆け足で部屋を後にした。
「リディア様、お加減はいかがですか?」
「大丈夫よ。熱はもう下がったわ…」
「それは、よかった。昨日よりずっと顔色もよろしいようですし…」
ダリウスは優しい表情で言った。声音も柔らかい。
「いつも心配かけてごめんなさい…私の身体、強くなくて…」
「何をおっしゃいます、姫君。このダリウス、妻も子も居りません故…
姫君方のお世話をすることが、何よりもの生きがいなのです。
姫君の身体が弱くお生まれになったのは、姫君の所為ではありませんし、
王妃様の所為でもありません…。運命のなせる業なのです。
しかし、その運命を切り開くのは自分自身なのです。お身体が弱くとも、
姫君には人の優しさ、痛みを知る力がある。それは、必ず貴方を導く事でしょう…」
「ありがとう…ダリウス…」
心が温かくなる。ありがとう。
「ライラ様が既にお話になったように、明日からは新しい護衛騎士が赴任します。
少々、年若いのですが真面目で優秀な男です。それは、このダリウスが保証しましょう。
何分にも若いものですから、多少失礼な振る舞いをするやもしれませんが、
それは大目に見てやってください。それでは…」
「楽しみにしてるわ…」
ダリウスは深々と頭を下げ、退出した。
「新しい護衛騎士か…」
どんな人なのだろうと色々巡らしてみるが、うまく浮かばない。
身体が弱く、外との接触が極端に少ない所為かもしれない。
だから、余計に期待は膨らむのに…。年が自分達と近い、姉はそう言っていた。
――…だったら、友達になれないかしら?
次の日、空は晴れ渡り、リディアの身体の調子も良かった。
今日は、新しい護衛騎士がやってくる日だ。姉は、城門まで迎えに行くと言っていたが、
本当にそれをするつもりなのか、今日は朝から部屋に来ない。
「早く来てくれないかな…」
私も新しく来る護衛騎士を出迎えに行きたいと思ったが、そんな事をしたら…
また、周囲に心配をかけてしまう。私はそこまで弱くはない。
でも、万が一のことを考えると、無理はできない。周囲は皆、私を過保護に扱う。
それを、愛情と知っているから…私は冒険をしようと思っても、結局はしないのだった。
部屋に居るのは、退屈だ。窓から見える景色も変わり映えがしない。
でも、窓から外を見て、私は姉の語る外の世界を想像するのだ。
何故なら、窓は外の世界につながっているから。
「――…?」
何か聞こえたような気がして、窓辺に立ってみた。
「…みぃ…みゃう…」
「仔猫?仔猫の声?」
窓を開け、覗いてみる。
すると、窓に面して植えてある木の枝に仔猫がいた。
登ってはみたものの、怖くて下りられなくなったのだろう…。
「大変…!」
でも、人を呼びに行くヒマはなさそうである。既に、枝が軋む音がしている。
「どうしよう…このままじゃ…」
考えている間にも、仔猫は危険にさらされている。リディアは動いた。
(ライラお姉様なら、きっと、こうするに違いないわ!)
靴を脱ぎ、裸足になった。そして、窓の張り出して台になっている所に登った。
「怖い…でも…」
窓を全開にしているので、今にもすべり落ちそうだった。恐怖感がリディアを襲う。
仔猫のいる枝は窓から手を伸ばしただけでは届かない距離にある。
しかし、窓から身を乗り出したら、かろうじで届きそうな距離である。
リディアは覚悟を決めた。慎重に窓の外、城壁の横に走る出っ張った部分に足をかけた。
足場は其処しかなかった。
「猫ちゃん、こっちよ…助けてあげる。こっちにいらっしゃい…」
手を伸ばして促すが、仔猫は警戒して固まっている。
「大丈夫、怖くないわ…私、貴方を助けたいの。私を信じて?」
すると、仔猫はその言葉が解ったのか、リディアの方に近付いてきた。
「そう、大丈夫よ…」
その日、新しく護衛騎士として就任することになったカイザー=グレイは、予期せぬ出来事に出会った。
「貴方が、カイザー?私は、ライラ。今日からよろしくね?」
仕えるべき相手である王女が自ら、城門まで出迎えに来るなんて、一体誰が予測できるだろうか?
「私ごときを相手に、この様な振る舞いは…するべきではありません。私にはもったいなすぎる事です…」
膝をついてライラに諌めの言葉を告げる。
「そんな事はないわ。だって、私達の命を守ってくれる相手に…
その方に、王女として礼を尽くすのは当然です。私達を守ってくれるんでしょう?」
ライラは優しく微笑んだ。
「は…はい。この、剣にかけて…全身全霊でお守りします…」
カイザーは腰に下げた剣を両手で捧げ持ち、祈るようにライラに忠誠を誓った。
「ふふ…それじゃあ、行きましょう。城を案内するわ。どうせ、式典は夜からですもの。いいでしょう?」
「はい、よろこんで…」
ライラの後ろ姿を見て、カイザーは思った。
(この方は、まるで太陽のようだ…王女としての気品と、
それに反するような親しみやすさが同居している。
きっと、真っ直ぐな心の持ち主なんだろうな…)
「ここの庭は私の大好きな場所なの。きれいでしょ?」
「ええ…とても…」
渡り廊下を歩きながら、そこから見える庭の美しさを、ライラはカイザーに説明する。
「…ん?」
「どうかしたの?」
「いえ…気のせいだと思いますので…」
「そうなの?」
そのまま、歩いていこうとしたのだが、カイザーは立ち止まってしまった。
一瞬、風に揺れる、白い、布のようなものが目に入ったのだ。
カーテンか何かだろうと思った。だが、変に気になってしまう。
「少し、ここで待っていて下さいますか?」
「いいわよ。でも、どうかしたの?」
「ちょっと気になる事があります。少しの間、失礼します…」
カイザーは庭を突っ切った。ライラの身長では、バラの茂みに隠れて見えないようだ。
しかし、カイザーには見えたのだ。白い、布のようなものが。
バラの壁を越えると、カイザーの目に、それは、ハッキリとした映像として映った。
白い布は、ドレスの裾だったのだ。
「そう…大丈夫よ…」
リディアの伸ばした手に、仔猫が辿り着いたと思った時、ついに木の枝がバキバキと音を立てて折れた。
「――っ!」
とっさに、両手で仔猫を捕まえた。
(――もうダメ…!)
リディアは目をつぶった。身体が、重力に引かれて落下する…。
「――…?」
地面に叩き付けられているはずが、何故か痛みが無い。
それどころか、誰かに抱かれているような感覚がする。
恐る恐る目を開けてみると、見慣れぬ青年の顔があった。
「あの…」
「大丈夫でしたか?それにしても無茶をするお嬢さんだ…」
「もしかして…今日来る護衛騎士の方ですか?」
「ええ、カイザー=グレイといいます」
カイザーは笑顔で答える。リディアは恥ずかしくなって俯く。
「ありがとうございます…」
「ライラ様をお待たせしているので、そろそろ戻りたいのですが…」
「ライラお姉様を…?!」
思わず、リディアは顔を上げてしまった。
「ライラお姉様…と、言う事は――?!」
「……」
「貴方が、妹姫のリディア様…」
カイザーはあっけにとられた。
「はしたない様を目にされて…さぞ、落胆されたことでしょう?」
リディアは哀しくなった。友達になれるかと期待を寄せていただけに、こんな出会いをするなんて…と。
「いいえ…かえって、姫が身近に感じられました。
それに、仔猫を救おうとして危険を冒した行為は軽率ですが…
見てみぬフリをするよりも、よっぽど立派で勇敢だと思います。
私は…そんな、お優しい姫に仕えることが出来て、光栄です…」
目を逸らさず、真っ直ぐに答えるカイザーに、偽りの心はこれっぽっちも見えなかった。
「ありがとう…そう言ってくれると、嬉しい…」
カイザーの言葉はリディアの心に響いた。
「もう降ろして…待たせてるのでしょう?ライラお姉様を…」
「ええ…」
リディアを降ろそうとした時、ドレスの裾から素足が見えた。
「いえ、やっぱり出来ません…。姫の足が汚れてしまう…。このまま、部屋までお連れいたします…」
カイザーはリディアを再び抱きかかえた。
「じゃあ…ライラお姉様の所に先に行った方がいいわ。心配するといけないから…」
「わかりました…」
「でも、ライラお姉様には言わないで居てくれる?窓から落ちたなんて聞いたら大変なことになるから」
「ええ…」
「この事は、二人の秘密よ?」
リディアは恥ずかしそうに、こう言った。
「姫と、私だけの秘密、ですね…?」
「そう、秘密…」
リディアは嬉しくなった。秘密を共有する事で、カイザーと友達になれたかのような気持ちになったのだ。
(なんて軽い身体なんだろう…。リディア王女は身体が弱いと聞いてはいたが…。)
カイザーは思った。
(この人、外の匂いがする人だ…。太陽の光みたいに温かい…)
リディアはカイザーの腕が、とても優しく安らげる場所だと感じた。
(この腕の重みが、この方を守る意味を教えてくれる…。)
カイザーは、気付いた。
ライラを守りたいと思う気持ちと、リディアを守りたいと思う気持ちが、違うという事に…。
(守るべき、存在…)
「貴方を…お守りします…」
呟きはかすかで、リディアには届かなかった。
二人は気付かない。愛しさを、違う感情にすり替えてしまっていることに…。
これは、「風のリュート外伝〜光と闇の邂逅〜」のシナリオを読ませてもらって、
「リディア超可愛い!カイザーがリディアの事好きだったら良いのに!」
と、思ったのがキッカケで書きました。
らん先生も「こういうのも良いね」と言ってくれ、
更に周りの人達にも(周りはカイザー好きが多いせいか?)好評だったので、
調子に乗っちゃったんですよね、僕!
最初に書いたものなので文が稚拙ですが、リディアを可愛く書けたと思います。